既に3ヶ月も前のことだが、今年の9月にひとつ、大切な出会いがあった。『大文字山を食べる―山菜・キノコ採集記』の著書、安田陽介さんとの出会いだ。
予備校講師として日本史の教鞭をとる安田さんは、最近まで、私の自宅の近所でもある大文字山の麓に住んでいて、年間300日以上、大文字山に登っていたという。『大文字山を食べる―山菜・キノコ採集記』は、山の移り変わりを見つめ続けながら、山菜やきのこなど、食べられる植物を採集し続けた安田さんのエッセイ集だ。
どこでどんな山菜が採れる、というガイドブックではない。山の幸を採りながら、安田さんが考えたこと、体験したことが正直に書かれている本だ。気さくでユーモラスな文体は読みながらニヤニヤしてしまう。
思い切って連絡をとってみたところ、快く快諾してくださり、一緒に大文字を登ってくださることになった。今回は、安田さんと歩きながら教わった野草やキノコに関する知恵、そしてその時の私の考えを、『大文字山を食べる』を読み返しながら復習した、忘備録だ。
待ち合わせの日、安田さんはゴミ拾い用のトングを片手に登場した。普段、ゴミ拾いをしながら山登りをするという。登り始めると、数メートル毎に立ち止まっては、これは、あれは、とさまざまな植物を見つけて解説してくれる。植物を見つける目が天才的に早く、そして、ゴミを見つけるのも上手い。情報量の多さと細やかな着目点に、私はいつもなんてぼーっとしながら山を登っていたのかと、反省をした。
最初に見つけたのは、ベニバナボロギク(南洋春菊)(写真はこちら)だ。シュンギクに似た香り・味があることで「南洋春菊」と呼ばれているという。太平洋戦争中には、春菊の代用品として南方に出征した兵士たちに食べられていたんだとか。名前に「南洋」がつくのはその故だ。鍋などにして食べることができるという。
次は、8月上旬につぼみをつけ始めるという冬イチゴ(写真はこちら)。冬に収穫できるという、酸味の爽やかなイチゴで、一般の人はあまり気づかないがあちこちに生えている。野苺を口にしたのは、いつぶりだろう。野苺はスーパーで買う苺より遥に甘くて美味しいこともある。本のなかで、安田さんはこの冬イチゴを沢山収穫してジャムにしていた。ポーランドから輸入した正体の分からないジャムをスーパーから買うくらいなら、自分の手で収穫した野苺のジャムを時間をかけて作りたい。
ドクダミなどと共に古くから日本で用いられてきた薬草、ゲンノショウコ(写真はこちら)も見つけた。ゲンノショウコという名前は聞いたことがあったけれど、まさか道端や野山でよく見かける、私がずっと雑草だと思っていた植物がゲンノショウコの正体であったとは知らなかった。止瀉作用があり,古くから民間医療で下痢の際などに用いられてきたという。白く小さな花が可愛らしい。
完全に雑草だと思っていた植物関連でひとつ。歩道わき、駐車場付近に生えている蔓植物で、紫の小さな花をつけているものを見つけた。カキドオシ(写真はこちら)というシソ科の薬草だという。乾燥させて生薬として使われるそうだ。調べると、茎が伸びて地面を這い、垣根を通り抜けるほど伸長することから、「垣根通し」と呼ばれ、後に「垣通し」となった。腎臓病や糖尿病などに効くという。繁殖力が高そう。
オリーブのような大きさの白い実を多くぶら下げた木を見つけた。「この実は、石鹸の代わりになる」と安田さんに教わり驚く。エゴノキ(写真はこちら)といって、日本で古くから親しまれる花木の1つらしい。果皮に「エゴサポニン」という物質が含まれており、若い実を水の中ですり潰すと白く濁って泡立つという。試しに一粒、手で割ってみたところ、泡のようなものができた。口に含むの苦いので食べるのはお勧めしない。実がなる前の白い花が綺麗なのと、実が鈴なりになる様子も素敵なので、シンボルツリーとして庭などにあっても良い木だなと思った。
あちこちで、紫蘇にそっくりな見た目の植物を見つけた。普段も、道端を歩いているとよく見かけてエゴマだと勘違いすることがよくある。これはアカソといって、高さ50~80㎝の多年草で、赤い茎にエゴマのような見た目の葉っぱをつけている。食べられるかは分からないが、調べたところ、アカソはからむしの一種で、アンギンという布の原材料になるらしい。
収穫時期ではないようだったが、キノコも沢山見つけた。ツチカブリ / ツチカブリモドキ、マツオウジ、梅雨茸、キイロイグチ(カサの表面の色は鮮やかな黄色で表皮の部分は黄色い粉で覆われている)、 ヒイロタケ、オオワライタケ、オニタケ、カエンタケ、イボガサタケ 、などなど。この日見つけたものは食べられるものは少なく、毒性の強いものもあった。いつかきのこエキスパートになり、美味しいキノコをたっぷり収穫してみたい。
タラの芽やウドと同じウコギ科の木の芽、コシアブラ(写真はこちら)についても教えてもらった。名前からして美味しそうだが、タラノメに続いて、春に新芽が出る美味しい山菜だ。『大文字山を食べる』によると、天ぷらなら弾丸型の新芽を、おひたしにするなら若芽が出た方が良いという。一度食べてみたい。
大文字山ならそこらじゅうにあるというリョウブ(令法)の新芽は、食べられるがあまり人気のない山菜だという。お湯を通した後に乾燥させたものを御飯や団子に混ぜて食べたり、葉っぱは天ぷらにしても食べられる。飢饉に備えて貯蔵と採取を「令法(りょうぼう)」によって命じたことから、リョウブと名付けられたという。もしも将来飢饉が起こったら、現代人は何を採取し、何を食べて生きるのだろうか。
今回の山登りでは見ることはできなかったが、元々大文字山には、多くのクレソンが生えていたという。水質が変わったからか、鹿が食べてしまったかは分からない。けれど、数年前は山のように生えていたクレソンが、今ではすっかりなくなってしまったと安田さんは残念そうに言う。クレソンは、英語では「ウォータークレス」。その名の通り水が大好きな植物で、川の流れの中に群生をなす。葉っぱがしゃりしゃりしていて、ちょっと大根のようなピリッとした辛さもあり、サラダに入れたり、料理に色を添えたり、とっても美味しい。私も家で育てていたことがあるが、採っても採ってもすぐに新しい芽が出てくるし、少し元気がなくても、雨がふるとすぐに元気になる。植物の生命力にいつも感嘆させられるのがクレソンだ。そんなクレソンが大文字山から消えてしまったのはとても悲しいし、変わりゆくある日本の山の一面を見てしまったような気もする。
「大文字山で山菜や野草、キノコを狩るのは、大量生産・大量消費の近代文明に対する批判である」と安田さんは言う。出来るだけ貨幣経済に頼らずに、スーパーで売られている「七草セット」なんかで満足せずに、かつては同類であった野菜と野草の区別をせずに、生きる術として、私も大文字山を、日本の山々を歩き続けてみたい。そのための知識を、採取の目と考え方を、こうして伝授してくれる人がいるのは、とても貴重なことだ。
今回は触れられなかった、この時の山登りで、他にもうらじろ、 ヨウシュヤマゴボウ、そよご、わらび、ヤマノイモのむかご、サルトリイバラ、青ツヅラフジ など、さまざまな植物を教わった。
安田さんは現在、『鴨川を食べる』という本を執筆中らしい。鴨川沿いで食べられるもの、釣れるものなどの体験記だ。私たちが暮らす街には、田舎だけに限らず、意外と食べられるものに溢れている。消費過剰な都市生活の反省も込めて、今後も”採取的視点”を持って歩き続けたい。
安田さんプロフィール
安田/陽介
1969年生まれ。京都府京都市北区出身。京都大学文学部史学科修士課程修了。予備校講師(日本史)。H.D.ソロー研究家。五山の送り火の一つ船山の麓で育ち、子供の頃から山登りと沢歩きに親しむ。学生時代に登り始めた大文字山に魅せられて、大文字山の麓に移住。以来、年間300日以上大文字山に登り、その移り変わりを見つめ続けている