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前号のvol.8(有料版)では、「スイーツ」をテーマに3人の女性の活動をご紹介しました。今回は、前号で「台湾ヌガー」についてご紹介頂いた台湾料理家・はなうた食堂主宰の伊藤尚子さんに、台湾の多様なお菓子について、寄稿して頂きました。
台湾のどういうところが魅力なの?と尋ねられることがよくあります。
食べ物が美味しいから、と答えることも多いのですが、美味しさの背景にあるのは、小さな島の中にある多様な文化と歴史です。私は、「多様性」こそが台湾の魅力であり、原動力なのだと思っています。
現在の台湾が、中国との関係に於いて政治的に複雑な立ち位置にいることや、かつては日本が統治していた時代があったことをご存知の方も多いでしょう。さらに時代を遡れば、オランダやスペインが土地の一部を支配していた時代もあります。
また、台湾に古くから住む人達に目を向けてみれば、原住民と呼ばれる少数民族が、現在政府に公式に認定されているだけでも16民族もいます。国民の多数を占める中国各地から移住してきた人々のほか、最近では東南アジアからの移民も増加しています。「台湾人」とはなにかを考えることの難しさや面白さを感じます。
また、資本主義民主国家として、基本的に外来文化を広く自由に受け入れていますから、日常に入り交じる文化は複雑化する一方で、お菓子もまた、この流れと無縁ではありません。今回は、洋菓子の代表格、フランス菓子と台湾菓子のユニークな繋がりを見てみたいと思います。
ラードとバター:台湾菓子の洋菓子化
現在の台湾は、大きくは中国文化の流れのなかにあり、台湾菓子もまた、中華菓子のひとつと考えて差し支えのないものが多数を占めます。
中華菓子で使われる油脂の代表といえば、ラードです。きちんと精製されたラードは、真っ白で匂いがありません。動物性油脂としてのコクや口溶けの良さもあり、中華菓子の深い味わいを生み出してくれます。
伝統的な台湾菓子でも使われることが多いラードですが、近年はバターに置き換えるケースが増えています。若い世代にとっては、ラード独特の重たさよりも、西洋的な味わいのほうが親しみやすいことがあるのでしょう。
どちらも、常温ではほぼ固形という点で、比較的置き換えは簡単な素材ですが、異なる面もあります。
例えば、含まれる水分。牛乳から作られるバターにはわずかながら含まれる水分が、ラードには含まれません。お菓子の主材料である小麦粉は、水分を含むと粘りを出す性質があるので、ほんのわずかとはいえ、バターを使うことで食感が変わってしまいます。
そのせいでしょうか。現代風の台湾菓子のレシピにバターが使われる場合、日本ではあまり見かけない「無水バター」が指定されているのをよく見かけます。
台湾菓子に詳しい方なら、「口に含む前に壊れてしまうほど脆いの焼き菓子」を食べた記憶があるかと思いますが、あの特徴的な口当たりを作る方法のひとつが、「水分を含まない油脂」を使うことなのです。
台湾土産としてポピュラーなパイナップルケーキの外側の生地にも、かつてはラードが使われていました。今でも、伝統的なタイプのものは根強い人気がありますが、現代風に、バターの香りを活かしたパイナップルケーキもすっかり市民権を得ています。
パイナップルケーキといえば中の餡に注目が集まりがちですが、生地の違いに注目してみるのも面白いかもしれません。中国語でラードは「豬油」、バターは「奶油」と書きます。みなさんがお好きな生地は、さてどちらでしょうか?次にパイナップルケーキを食べるときには、ぜひパッケージを見てみてください。
ビスキュイとマカロン:台湾式マカロン・台式馬卡龍
パイナップルケーキやヌガーと比較するとマイナーな台湾式マカロン。昔ながらのお菓子屋さんなどで、ざっくりと袋に詰められて売られていたりするお菓子です。
このマカロンは、私達の知る色鮮やかなフランスのマカロンとは全く違うものです。見た目こそなんとなく「マカロン風の丸っこさ」ではあるのですが、表面はザラザラしていて、食感もふわっとしています。
フランスのマカロンは、泡立てた卵白にアーモンドの粉を加えて作るのが基本ですが、台湾式は、卵を泡立て、小麦粉を加え、絞り出し袋に入れ…
と、ここまで書けば、洋菓子に詳しい方はピンと来られるかもしれません。厳密には少し違いがあるものの、実はこれ、いわゆる「ビスキュイ(別立てスポンジ)」の作り方がもとになっているのですね。ややしっかりした歯ごたえに焼き上がる生地で、細長く絞り出して焼いたものは、フィンガービスケットと称されることもあります。イタリア菓子のティラミスの土台に使われるのも、この生地です。
なぜそれが「マカロン」になってしまったのか…!
「馬卡龍 / マカロン」というのは比較的最近の呼ばれ方のようで、もともとは「牛粒 / グーリッ」と呼ばれていたそうです。
ビスキュイの正式名称、「ビスキュイ・ア・ラ・キュイエール」の最後の「キュイエール」に台湾語読みの漢字を当てたのが「牛粒」。その生地を丸く焼き、クリームを挟んだ姿が、近年になって流行した「(フランスの)マカロン」に似ていることから、「台湾式マカロン」という呼び名が生まれたということのようです。
外国から取り入れられた食べ物が、その土地で独特の変化を遂げるというのは、どこにでもある話ですが、台湾式マカロンは、そのお菓子本来の名前がきちんとあったにも関わらず、世の流れに乗って名前が別物と入れ替わってしまったわけです。
勝手だなと思うか、おもしろい現象だなと思うかは、受け取り方次第。とはいえ、その変化には、その土地の人の、異文化への憧れと、独自の解釈、そして味の好みなどが反映されているもの。じっくり観察することで見えてくる世界は、なかなかに興味深いものです。
寄稿者プロフィール
伊藤尚子/いとうしょうこ
はなうた食堂主宰。拠点である「はなうた食堂調理室(大阪・池田)」を中心に、料理教室、中華菓子の製造販売など、「たべる、つくる」をコンセプトとした活動を展開しています。メインテーマは台湾の食文化。日本に近いけどやはり違う。そんなお隣の国を通して、世界を識り、自分自身の感覚を広げていけたら、私達の毎日は、もっとやわらかく、ふくよかに、居心地よくなるはず。そんな気持ちで日々学び、つくっています。
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